中村稔のハイクラス英語ゼミ
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本科生東工大コース
東工大英語:中村稔,英文解釈(名前忘れた?)宮尾なんとか,鬼塚幹彦
英作文:青木なんとか.
難関国公立理系数学:山本矩一郎,牛尾徹朗,矢木哲雄,・・・
東工大物理:前田和貞
大阪校補足
古文に荻野文子(当時30歳くらい)・日比野純三・上田肇、漢文に上沼匡一、
日本史に横田伸敬・岡本・・・、世界史に赤阪・・・がいたね。夏期講習に土屋博英
も来たな。88年か89年か失念してるのだが、1学期は英語に佐藤忠志もいた。
夏期講習からは消えたが。
かぶっていないんじゃないかな。江坂に東進が出来て以降に、望月は
同じく古文の山本康裕と登場した記憶がある。それと土屋博映だな、
字を間違った。
山本康裕、ヤマちゃんの古文を受講するために夕陽丘予備校の講習
を受けていた受験生時代があると当時懐かしそうに話されていました。
ちなみに望月先生が教えていたヒューマンキャンパスはかつて代ゼミに出講
する前の出口汪先生が教頭を務められ、その当時の同僚に荻野文子先生、
岡本光司先生がいたと言います。代ゼミの教壇に上がりたての望月先生は
荻野先生の古文指導法を絶賛しながら、「荻野先生ならこれ、こう教えて
いるよね」と面白おかしくかつ、詳しく講義中に話をしてくれる場面もあった
記憶があります。中村先生は岡本先生と仲がよく、よく双方のネタに両先生
が登場していました。
envyの意味は忘れても、二重目的を取ることだけは死ぬまで忘れません。
中村先生、ありがとう。
発音していたのが妙に耳に残った。
そしたら入試でappreciateのアクセントに関する問題が出た。
思わず中村稔の顔を思い出したよ。
やる気を出させてくれるいい先生だった。
潮田五郎先生、小田実先生は鬼籍に入られたが、原秀行先生、鬼塚幹彦先生、
宮尾慈良先生、猪狩博先生、青木義巳先生、西尾孝先生といったかつての
名物講師はどこかでご活躍されているのだろうか?
92年代ゼミ大阪校総合英語で受講しました。懐かしいなもう一度受けたいあの講義。
今でもテープ持ってます。もう、20年前かなあ。
に漏らしたある年、代々木校での単科設置が最後になりました。一橋の先輩後輩
のお二人。生徒の学力が下がり続けることにため息をつきながら話したと言います。
中村先生、お元気かなあ?何はともあれ、中村先生のおかげで僕は先生の後輩に
なりました。
楽天ブログ 「北洲の日記」 で検索できるはずです。
どうもありがとう、感謝します。
90年代前半までの講師は個性が強すぎw
鬼塚・原・中村先生辺りは超個性的、サテ不向きでしたね
当時受けられなかったからなにかの形で講義を残してほしいなあ
まだやれるでしょうに
中村先生は今もお元気のようですね。
今度、札幌にいらっしゃる時、同窓会したいですね。
どなたら幹事してくれないのでしょうか。
中村先生・・・懐かしい・・・懐かしすぎる。
あの頃は俺も一生懸命勉強してたなあ。
辞書を片っ端から解説していくCDなんかもいいですねぇ。
そして、今の高校生たちに聴かせてやりたいです!
勉強とはこうやるものなんだよとね!
猛烈に懐かしさを感じて「中村稔 代ゼミ」でググったらここに辿り着きました。
89年度の大阪校本科生でした。通年でハイクラス英語を受講してました。当時、中村先生は月曜日に大阪校に来られてました。
午前はJEC館(別館)で英語以外のレギュラーを受け午後に本館に移動。ロイヤルボックスを死守するところから激闘が始まってました。
懐かしい、懐かしすぎる。。中村先生の英語の授業を受けてなければ志望校には絶対受かってなかった。
英語力のみならずトータルでのやる気を注入してくれた中村先生は、私の永遠の恩師です。
216さんが紹介されているブログを拝見して、改めて懐かしさ爆発です。懐かしすぎて言葉が出ない。。
日記を拝見しましたが中村先生は当時よりも穏やかな表情ですね。
受験生の偏差値を上げるという重圧から開放されたからかもしれませんね。
219さんが言われるように同窓会是非したいです。
場所は東京でも札幌でもどちらでもOKですね。
87年にはハイクラス英語と総合英語を開講されていた。86年までは毎週月、火は札幌校水曜は休み、木、金は代々木校、土曜は名古屋校という1週間のスケジュールで、88年からは大阪校、京都校、代々木校、名古屋で授業をされていました。
第一志望校には合格できなかったけど、中村先生には感謝一杯です。
224さんがおっしゃる通り是非同窓会したいですね。
そういう機会があれこと願っています。
受けておいてよかったなー
全然覚えてないが
当時のテキストに時間割が入っていて、
東大英語 富田一彦 + 中村稔(潜り)
英解1A 潮田五郎
英解2A 佐々木和彦
英文法A 木原太郎 + 中村稔(潜り)
英作文A 鬼塚幹彦
東大京大現代文 出口汪 + 堀木博禮
記述論述現代文 田村秀行
東大京大古文 国広功
記述論述古文 土屋博映
東大漢文 宮下典男
文系数学1 岡本寛
文系数学2 山本俊郎
文系数学3 定松勝幸
文系数学4 森茂樹
東大日本史 八柏龍紀
東大世界史 岩田功吉
とありました。単科では佐々木先生の総合英語、中村先生のハイクラス英語
を受講していて、現代文は某予備校に受講しに行っていたそうです。
結果、東大文1に見事合格。
うーん!タフな従兄弟だったんだなー!
月曜 京都校
火曜 大阪校
水曜 神戸校
木曜 代々木校
金曜 代々木校
土曜 名古屋校
「みなさま、みなさま、○○校のみなさま」と例のだみ声で始まる名講義。
「えっちらおっちら」だとか耳慣れない言葉も時折発していたな。しかし、タフな先生だったよ。
ミックは今もあの黒いパンタロンをはいているのかな?
先生入ってなかった。
パンタロンは茶色でした。
なつかしいなぁ。ちなみに、札幌校OBです。
かつて自宅のあった荻窪のマンションの郵便受けを見たら、
かすかに「中村」って書かれた跡がありました。
もうだいぶ前にここは離れられたのかな。
もう一度あの講義を聴きたい。
OB・OG会開催されないかなあ。
レンガ色のパンタロン
あれから18年もたってしまいました
大人になった今、色々と話をしたいね。
それにしても北洲さんて面白いね。
この人が音頭をとってミックを囲む会なんてしてくれないかな。
世界史が覚えられない
んでみてみるとチャート世界史
デバイデ中国のてんてん・・
よむとこなんかほとんどない
ほとんど図と地図そしてあとは写真(笑)
んな程度ぼえられない・・
だいたい大学受験なんて受験のうちにはいりません
私なんて外交官試験受けてるときなんか
憲法、商法、原価計算ねこそぎドメスティーにやりました
3年半やりました
もちろん落ちました(笑)
懐かしいずら・・
名古屋校で、ハイクラス英語を受講されている優秀なみなさま
ごきげん、いかがでしょうか。快調にすっとばしているでしょうか。
鉄アレイをこっちの手に5キロ、こっちの手にも5キロ。
足にも5キロ、こっちの足にも5キロ。
(これをパンタロンで隠してるという絵付きのオチに大爆笑)
でましたばーちかるすいちょく。すいへいは、ほりぞんたる。
ばーず、おぶあふぇざー、ふろっくとぅげざー。るいはともをよぶ。
転がる石にはコケが生えない(むしろ日本のことわざを覚えてしまうw)
ここらへんは、オッハコちゅうのオハコ。
やっぱ最高はべろしてぃ(既出)ですね。べっべっべろべろべろしてぃ。
に・に・にくじゃがれいと、誇張すると押さえておく。
下にまいりますと・・・
1982年5月、札幌校 中村稔
皆さん、お早うございます、お早うございます、お早うございます。
またまた皆さんにお会いしました。
暑さ、寒さ、ですね色々めまぐるしく変わる今日この頃ですが
如何お過ごしでしょうか?
(中略)
一点上がったがどうの、一点下がったがどうの、そんなこと今から
言っていたらもうこの方、落ちますよ(教室爆笑)
いやホントです。
そんな事よりも皆さん体力をつけることです。
私なんか真夏の40℃もあるグランドの真ん中で1週間、数学の問題を
解いたことがあります。いやホント、ホントですよ。
だけど体力が無いとダメなんです。
例えば私なんか、絶対にエレベーターは乗りませんよ
いや、今は授業だから乗りますけどね(教室爆笑)
懐かしいね。
「先生、中村先生ですよね」とか言われちゃうと困っちゃうんですよ。
だから、お店を言ってください。 行きませんから。
なーんて、下ネタも言ってましたね。
文字だけだと面白さは伝わらないだろうな…。
人気の絶頂だったのですね。とにかくすごい熱気だった。
予習をほとんどしてないらしく、「該当しないもの」と設問にあるのを「該当するもの」と誤認したまま授業が進み、
立ち往生するといった場面が多々見られ、授業を切る生徒が続出していった。
当時の新幹線の食堂車や地方都市のホテルのバーで同僚講師と豪勢に酒宴した話など授業中の雑談で聞かされたが、「その暇に予習してよ!」と反感を抱いたものだ。
同じ行き当たりばったりなタイプでも鬼塚&イアン・ヒューズの英作文は“絶品”で誰も切らなかった。
あと、帆糸満という英語講師が生徒思いで信頼を集めていた。
冬季講習にてハイクラス英語を受講しました。講義開始日は10名程度出席していたのに、2日目には半分程になり、3日目から最終日までは私1人しか出席していませんでした。
思えば、あの濃厚で重厚なあの世界を独り占めできていたなんて、今となっては本当に何と言うか、堪らなく愛おしい青春の思い出ですよ。
中村先生の授業で散々マーカーを引きに引いた辞書は、今でも会社の机の上にあって、18年前の代ゼミ時代を本当に懐かしく思い出させてくれます。
このマーカーだらけの辞書、墓まで持って行きたいですよ!それと、当時使っていたハイクラス英語のテキストも、そのコピーも残ってます。本当に愛着のある授業だったのだと、心から懐かしく思い出しました。
確かにそういう面があったなぁ…
こっちは必死なのに準備をろくにして来ない講師って無責任の極みだと思った
鬼塚/ハリントン 青木・潮田・古藤に比べて数段落ちる英語講師だった
発音も酷かったし…
代々木校で63Bという大教室を満杯にしていた時代には
毎回非常に有益な授業を展開されていて、切る者など皆無だったのに。