駿台の昔あった名講座について語りましょう。
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大島師の早慶大英語とか蒲生師のスーパー英語総合
などなど。長岡師のだれでもわかる数学TAUBとか。
伊藤師の書かれた英貧はたとえ改訂版であろうとも白黒の駿台然としたものだった。
軽薄短小な他の参考書類との区別がつきにくくなってしまった。
現代文の飯田先生はお元気かなぁ・・。
飯田師の講義を受講すると霜や岡井の講義など
マトモに聞くことは出来ませんでしたよ。
内野や二戸は?
1975年当時だが、「悲劇と全体真実」の主張は今でも笑える。
東横線の都立大駅で声かけたら「覚えていていただいて光栄です」と
返された。
オクになんか出品されていたら即行で買いの名著ですよね?
そんな名著だったら
そもそも絶版にはなりません
というか、奥井師のカリスマ的な人気が、そのことに触れないことを駿台内
での暗黙の了解事項としていたと、言った方が正確だろう。
結論を言ってしまえば、奥井師の担当は本科では『CHOICE』、講習では『上
級長文読解』など、師自身が教材作成している講座に担当が限定されていた
のだ。それが何を意味するかというと、要するに、奥井師の得意技を生かせ
る授業だけを延々と数十年間続けてきたということだ。奥井師の得意技とは
つまり、あの人生論を語る文学部英文科もどきの授業である。
通常の講師はいろんな講座を担当し、他の講師作成の教材も使用するのが常
である。すると当然、自分のあまり得意でない傾向の問題も解説しなければ
ならない。しかし、奥井師はその駿台内での重鎮である立場を悪用(?)し、
自分の持ち味を発揮できる教材のみ担当した。たとえば、当時高橋善昭師は
時事英語の講座を担当していたが、奥井師に時事英語の講座などやらせても
本当にただ訳すだけの退屈な講義になっていただろう。奥井師には、あの文
学的な英文の解説が合っており、かつそれ以外の英文を分析し解説する資質
はなかっただろう。
奥井師が、死ぬまで駿台で人気講師として君臨し、その死後も名講師として
称えられ続けていられる背景にはこんなカラクリがあったのである。
奥井潔→東大英文科卒、文学的、体験的
だから
あと「上級英解〜奥井講座」ね
「長文読解演習」って講座もあって担当されていたけどオリジナルじゃなかった
それはね、奥井師の語る内容は単なる知識の段階ではなく、自らの生き方を裏づけとして
もっていたからであり、奥井師の内から沸沸と湧き出されるものであり、
文法、作文、読解、構文など、教授者の都合で分断され得るものではなかった.
念の為に付け加えると、奥井師のテキストでも、文法・構文事項が右ページに
まとめられたものもあり、人生論の合間に極めて簡潔な解説が施された.
カラクリというか、そんなことはみんなわかっていると思う。
・国公立大の英語(平野師・表師)
82年夏期講習の
・東大現国の藤田師
イイタイコトをつかむことが読解なんだと実感
・英文読解(奥井師・表師)
他人の目を気にしないで生きることを力説
あと教材のチャプリン論には感動
・解法の探求(根岸師・山本師)
根岸師の手書きプリントで解法が6通り位配布された
でも、何といっても大山師の日本史は最高の講義だった。
今、聖徳太子の論説で第一人者ですよね
自分もそう思う。
文章のテーマが例え、経済とか環境とか科学とかになっても
自分の体験論の話になって文学的話題へと講義が展開すると思う。
そうなったら普通の受験生は付いていかんと思うけど、なんというか
やはりあの人の人生論は受験生の癒しの清涼剤になってたから
やはり最終的には支持されると思う。
無能を認めたくない心理はわからなくもないが…。
でも、時事英語は結局は担当しなかった以上、こ
いつらの言い分は所詮「推測」に過ぎないわけだ。
しかも、奥井にかなりひいき目な推測。
奥井が文法を担当していたらどうだったろうな。
やっぱ、文法でも人生論ですかw
>教師はひとりで英語万般を教えることができるなどと自惚れてはいけないと思う。
>だから、それぞれの得手、取り柄がなければならない。
講師がその講座のテキスト作成者か否か
というのもあった
化学の小倉師なんて自分以外のつくったテキストでは
すねまくりだったし
要するに、自己弁護だなw
に名誉だけを受けて死んで行けただろうね。
しかし、伊藤は敢えて長文や文法などの講義にも積極的に挑んだ。その
ため「伊藤和夫」というブランドに自ら傷をつけるような結果を招いて
はいた。でも、それでもさまざまな分野に挑んだ伊藤は、まさに男だ。
それにひきかえ、奥井は守りの仕事しかしなかった。あくまで自分の名
誉に拘った。そういう奥井の姿に女々しさを感じた、19の冬。
奥井師は
黙ってると顔が怖い三大講師のひとりだった
全てにおいて対照的な伊藤師と奥井師だったが、二人の共存が英語科の奥深さを作っていた.
ただ、伊藤師は後継者を育てたし、確固とした構文主義を残した.奥井師が残せなかったのが
兼任だったためかどうかは解らないが。
偶然だけどね
チョイス担当だったねえ
伊藤師のスタイルは『英文解釈教室』という著書に具現されたことから
わかる通り、体系的なシステムを構築していたため、別の講師がそれを
頭脳にコピーしさえすれば済む問題だから、比較的容易に後継者を育て
ることに成功したのだと思う。
言ってみれば、今の予備校業界及び中学高校の英語指導は、ほとんど伊
藤の方法論に支配されていると言っても過言ではない。それは、まさに
伊藤システムが体系化されていたことの恩恵(?)であろう。
それに対して、奥井師のスタイルは、きわめて師の人生経験に負った面
が大きく、それを他者に継承するのは、ほとんど不可能であったと言っ
てよいだろう。その意味で、伊藤和夫は予備校講師であった、と言える
が、奥井潔は、あくまで人間・奥井潔であった、と言うことができるの
ではないか。
奥井先生を賛美する人はすでにある程度の英語力のあった人ばかりだった。
英語のできない人が奥井先生の授業で英語ができるようになったという話は聞かなかった。
どっちかといえば質のいい現代文の授業みたいな感じだった。
現代文は72でした
たぶん、こいつ層化だろ。
神田さんは明星大学大学院の学生といわれてますが、
ご本人はそれを認めているのですか
なんか受験や浪人生活にグジグジ悩んでる自分がバカらしくなるんだよね。
若いころは、一面的なものの見方しか出来なくて苦しむことが多いけど
奥井さんの授業は、こんな見方もあるよという感じで、自分が
知らなかった人生の価値に気付かれることが無くも無い。
私は平気でウソをつきますが創価学会ではありません.
248
もう卒業したよ
>私は平気でウソをつきますが創価学会ではありません
本当に平気で嘘をつくやつだな、お前は。
知っているかた教えてください。
四ツ谷校で開講されていた.
御茶ノ水、四ツ谷、大宮、横浜校にて複数講師によって開講されていた講座.
私は以前ケイン濃すぎというHNで書き込みしてました。
いまはなぜか韓国にいるよ。
僕の頃は数学は長岡(亮)・西岡・根岸・雲がいたよ。
西岡は合わなかったな・・・・
西岡先生は円関数を使い「このとき方はおそらく僕だけでしょう」
とか言ってたけど、
ネギゴンこと根岸先生が普通に使ってた^^
確かに長岡先生はテキトーだったね。
「計算は各自」とかでしょ?
でも説明は十分していたような気がする。
講師室での質問も丁寧に答えてくれるし。
特異な計算方法は板書してたよ。
彼はクビじゃなくて大学にいったからでしょ。
以前一緒に飲んだときに、駿台に戻らないのか?と言う質問に、
教授職と掛け持ちは難しいらしい。
他の教授からの目もあるみたいだしね。
入試準備が無いだけ放送大は楽らしいけど、
ゼミの担当してるから全国にいる生徒のフォローも大変みたいだよ。
今でも雲先生とか森先生が作ったXTかな?
目を通してるよ。その後は必ず飲み行くみたい。
根岸師は最近、他界されました.
かくいう私も今は陰性だが。
講義のあと、拍手が出たのは
奥井の上級英解(京都)夏季講習の最終日
表の英文読解の補講としての講演会(独演会?)
太田の英語構文の通常授業の最終日
当時、校舎は少なく、表・太田のペアの講習が私大英語から東大英語まで
あった。で、〆切後、増設されるのが、当時駆け出しの桜井・福崎ペアでした
その後、俺はダメ人間になったが、太田を向日町競輪場で見かけたときは
うれしかったねえ。買い目を見たが、はずれていたけどね、太田の車券
奥井先生もいないし、
さっき三国先生も死んだと読んだよ。
次は山本のオヤジが心配です。
年をおうごとに弱ってた。
俺、あんまり勉強してないから、会いに行くの怖いんだよね。
たぶん、あの目で怒られる・・・
>258
誰か知らないけど、覚えててありがとうね。
なんで、荒れたのかな?
生意気なこと書いてたのかもしれない。
ことごとく、削除され、意味がわからなかったな。
あとで、けんすうさんからメール来たよ。
削除係りが消しすぎましたって。
もうその時はどうでもよかったんだけどね。
なつかしい。
俺、地学の冨田うけてたんだけど、
まだ生きてますか?
誰か教えてください。
主宰していたのは濱名師だつた。
中級編は大島君とその周辺の多くの講師が担当していたが、
なぜか上級編は最後まで他の講師に手を出させなかった
昔みたいに予備校という場が、大学の先生の待避所でなくなったからだと思う。
根岸師、奥井師、三国師…。
本当に残念なことです。
坂間師・山本師はまだ大丈夫だと信じますが…。
>>263
今の予備校講師は最初から予備校講師になるために大学出たような連中だから詰まらないんだよ。
英語の超長文みたいなやつ。
野島氏
自分のレベルが低かったので、あまり理解できず、ほとんど寝てた。
まさかレギュラーがあんなに良い先生とは。
あの頃からすでにバーコード頭だった。
プリントも大変役にたっています。
気がする。というのも午後クラスを一般解放していただけだから。
午後クラスがなくなったのはもう何年前だろうか。
あのテキストを駿台で使うことはもうないでしょう
越えてる英語〜坂井孝好講座〜
「ああ、僕は天下の河合塾生なんだ」と思うと嬉しさが込み上げてくる。
激烈な入塾を突破してから2年。
河合塾に入塾したときの喜びがまだ続いている。
「エリート養成機関、天下の河合塾」・・・・・・・
その言葉を聞くと僕は自然と身が引き締まります。
河合塾の先輩やOBの方々に恥じない自分であっただろうか・・・
しかし、先輩方々は僕に語りかけます。
「いいかい?実績や伝統というのは塾生が作り上げていく物なのだよ」
僕は感動に打ち震えます。
「河合塾が何をしてくれるかを問うてはならない、君が河合塾で何をなしうるかを問いたまえ」
僕は使命感に胸が熱くなり、武者震いを禁じえませんでした。
でもそれは将来の日本を支えていく最高のエリートである僕たちを鍛えるための天の配剤なのでしょう。
河合塾を作り上げてきた先輩はじめ先達の深い知恵なのでしょう。
河合塾に入塾することにより、僕たちは日々伝統を紡いでいくのです。
嗚呼素晴らしき河合塾哉。比類なき伝統と知名度。そして眩いばかりの実績。余計な説明は一切要らない。
ただ周りの人には「河合塾生です」の一言で羨望の眼差しが。
合コンの時に繰り返される若い女性の側からの交際申込み。
近所のマダム達からの熱い眼差し。
そして あらゆる街を歩くたびに感じる河合塾パワーの威力。
河合塾に入塾して本当によかった。
はやく復活して欲しい
ちょwwww
それは多浪生のための講座ですか?
それともその講座を受けた人は必ず多浪するという意味ですか?
夏期
『高級世界史論述(経済・文化)』
『東大世界史(From A)』
冬期
『プラクティス世界史論述』
『ハイレベル現代史論述』
『東大世界史(To Z)』
は名講座だった。この間、駿台のテキストみて全く変わったから残念だった。
今の論述講座ってどうなんだろう?
・国語:桑原岩雄、池山廣、山田和美
・数学:中田義元、根岸世雄、津野田修吉
・英語:鈴木長十、伊藤和夫、和田善太郎、金子嗣郎、奥井潔
・社会:村山正雄、柴田忠作、佐々木望、金本?
皆、今思うと独特の雰囲気を持つ一流の文化人だったと思います。今どうされているのでしょう。
先週朝日新聞一面に中田、根岸両先生が紹介されており、駿台を懐かしく思い出し、メールさせていただきました。
懐古じじいの寝言はチラシの裏でも書いておけよ 失せろ
お前の誇れる青春が予備校かw
どんなカス人生送ってきたんだよ
中田師以外、逝去されました
昔の駿台とでは価値が違うんだよ。君はどこの大学に行っているのかね?